瑠璃光院 白蓮華堂

日曜仏教礼拝(11月1日・東先生)

2015-11-02

和讃のひかり

大聖おのおのもろともに

凡愚低下(ぼんぐうていげ)のつみびとを

逆悪もらさぬ誓願に

方便引入(ほうべんいんにう)せしめけり

浄土和讃 観経意

*意訳

これらの大聖(聖者)がたは、あるときは善人となり、またある時は悪人となって、

いろいろとその姿をかえて、凡夫愚人の私たちを、弥陀の本願にひきいれようとなさった。

*文意

聖者がたがいろいろな悪人の姿となってあらわれ、それらの悪人の姿となった聖者たちが、

悪行をはたらくことによって、愚かで下劣罪人である私たちを、

善人も悪人も等しくお救い下さる阿弥陀仏の誓願に、たくみに導き入れようとなされた。

*語句の解説

①大聖―偉大な聖者がた。

②凡愚低下―煩悩のいいなりになって日暮らしをし、罪を犯さずには生きていかれない人々。

伝教大師最澄はご自身の事を「愚が中の極愚、狂(おう)が中の極狂、塵禿(じんとく)の有情、低下の最澄」

といっています。和讃の凡愚低下に通じるものです。

③逆悪もらさぬ誓願―五逆(父親、母親、聖人を殺す等)をおかした者であろうが、

十悪(殺人、盗み、うそ等)をおかした者であろうが、あらゆる悪いことをした人びとこそ、

救わなければならないという、阿弥陀さまの広大なる本願のこと。

④方便引入―さまざまな手だてをめぐらして、私たちを仏法の世界に導き入れること。

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